思考があちこち

好奇心が止まらない人のゆるい日常

お散歩が楽しく魅力的な富山県

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先日、諸事情で富山県へ。

CA時代に同僚とお寿司と団子を食べにきて以来じっくりと観光したことはなかった。とにかく海鮮を食べることと未知の景色との出会いに期待して到着。

 

富山城周りの川沿いを散歩すると、ところどころにオブジェのようなものがあったり。

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長閑な場所で緑に癒されたり。
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日本庭園のような場所を歩くと、まるで時代を遡って名家の箱入り娘のような気分になる。着物を着ていたら完璧なエセお嬢が仕上がるだろう。
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そういえばそうと、彼岸花の季節でもあった。
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墓地の周りに植えられてることから不吉な花と言われる彼岸花だが、この独特な花びらの形態と妖艶な雰囲気が昔から好きだ。

 

こんなに集まっているとその妖艶ささえ失われてしまうのだけど。日当たり悪いところが好きなのかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
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急に雨に降られたので少し休憩と思って入ったカフェはD&DEPARTMENT TOYAMA。チェーン店らしいが、富山のクラフトビールを飲める。

私が頼んだのは“冷やしあめソーダ”。

島川あめ店という、富山の老舗の和菓子屋さんの麦芽あめに生姜を効かせ、ソーダで割ったもの。

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体に優しいあめにこだわっているそうで、砂糖を使わず、澱粉麦芽のみで造られている。しっかり甘さを感じられるから驚き。

自然な甘さのなかに生姜のアクセントがまた絶妙に美味。これはまた飲みたいし、次回の富山訪問では島川あめ屋さんに出向いて麦芽あめを購入しようと思う。

ちなみに、奥でちんまりと佇む人形は、伝票である。なんともユニーク。


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内装のアートも可愛らしく、留学時代よく行ってたイギリスのカフェを思い出した。

 

今はちょうどいい季節だからかもしれないが、富山に住みたいと思うまでにすっかりと魅了されてしまった。だが冬の寒さには耐えられそうにもない。

 

富山駅周辺は、歩いて色々な場所にいける。電車もあるが、歩くのが好きな方は季節で表情の変わる風景を楽しみながら観光地へ向かってみてほしい。

 

ロック好きがBeats Fit Proを使った感想

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NO MUSIC NO LIFEとはまさに自分のことと思うくらい音楽を日常から切り離せないわたし。実は今主流のワイヤレスイヤホンが苦手で…と、いうのも右の耳がつねに不安定で外れやすいから。飛行機で居眠りなんてしようものなら、起きたときには右のイヤフォンが消えて後部座席の人に拾ってもらう始末なのである。

 

とはいえ使いやすいし充電できるのは大きい。プレゼントでもらったAirPodsを使ってきたけど雑音が混じって使用感が悪くなってきてしまったのと、やっぱり数年経っても耳にフィットしない感じがあったので思い切ってBeats Fit Proを購入。

 

選んだ理由は耳の溝に差し込めるパーツが付いていて外れないと思ったのと、おしゃれなカラーバリエーション。Beatsを使ってみたかったことも大きい。

 

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中は他の製品と同様、磁石で止まっているから落ちる心配はないだろう。ただ、軽い!本当に軽い。触り心地もすべすべとマットな感じなので、うっかり落としてしまわないよう注意である。

 

 

音楽を肝心な聴いてみた感じ

美音。細やかな音まで聞き取ることが出来る。

UKのバンドMUSEEuphoriaを聞いた時は、ギターの繊細な震撼が脳に伝わってきた。ものすごく分かりづらいからサザンオールスターズで例えようかね

 

真夏の果実」のイントロの独特な立体感がある音の感じが生きてるなぁと。「四六時中も好きと言って」でハモるシーンもすごく綺麗。久しぶりに聞いたけどこのパートはかなり切ないんたな…Beatsを通してそんな気づきを得られました。

 

King GNUの白日を聞いたら…うっとりしてしまった

あー!最後の震える音!右と左でグワングワンとなる感じも味わえました。

 

MUSEなんか大衆的な音楽に合わせた感じの曲が増えたけど、独特の伸ばす感じは消えてなくて安心。耳が心地よい(話がそれました)

 

耳のフィット感は、自分にとってはAirPodsに比べて格段に良い。やっぱ耳に密着出来ない場合は支えてくれるシリコンが必要と実感。

 

人によっては注意かな、というところ。

スキップのボタンがモロに露出してるの。オレンジで囲んだここ。

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すぐに手が届くから押しやすいと言えば押しやすいけれど、ふとした仕草の時に誤って押して音楽が止まってしまうことがある。難点と言えば難点だが、利点の裏返しでもあるからこれは仕方ないかな。途中で止まって激情に駆られてしまう人でなければ大丈夫。

 

逆に荷物が多いとき、指でたんって押すだけで止めることができるからね。AirPodsは軸の部分つままないと操作できないし、これは自分の好み次第だと思いまする。

 

これはネックかなと思うこと

充電口がUSB type Cなんだ…しかもCからのC。プラグも付属では無い…どう充電しろと!?(わたしはPCに接続しました。)

ここはiPhoneユーザーの自分にとっては不便である。家にいる分には問題ないが、旅先で充電にわざわざ専用のコンセントを持っていかなければならない!完全に見落としていた点なので要注意です。買ってしまってもなんとかはなります。

 

結果、Beats Fit Proは、アーティストの魅力や楽器の音が引き立つワイヤレスイヤホン!フィット感抜群です。

とっても遅れて原神にどハマり中

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原神を始めて半年くらいかな。面白くてどハマっています。リリースされたのは確か2020年なので、3年も出遅れてるから初期勢の方からしたら今更感はあるけども。

 

フリーランスになったばかりで仕事に集中するべき大切な時期なのに…困ったものである。

 

そんな自分の時間を賭して集中してしまう原神の魅力について語ってみよう。

 

その❶キャラクターが魅力的

ガチャで出てくるような主要キャラはもちろんだけどモブキャラ(NPC)まで性格が個性豊かでおもしろい。キャラの言動にいちいち腹が立ったりクスッと笑ってしまう。ストーリーが作り込まれてるってのが大きいけど、キャラの個性がそれぞれ引き立って愛着が沸くの…

 

主要キャラは色々なタイプの美男美女少年少女にけも耳に…割と誰でも推しが見つかりやすいんではないかと思う。声優は自分が知っているところで沢城みゆきさんや花守ゆみりさん、石田彰さんなどなど。ガチャにはいないけどストーリーにちょこちょこ出てくるキャラを津田健次郎さんが演じてたり。そして最近実装したヌヴィレット役は私好みのイケボ神谷浩史さん。錚々たる面々ですよまったく。

 

しかもそれぞれのキャラがまぁひと癖ある!そこがまた面白い。社畜の騎士団長代理、死んだふりして人間になった神、不運に見舞われすぎるのに明るくてイイ奴!などなど…なんか色々書ききれぬのです。

 

しかもそれぞれが活躍できる性能を持ってるから、自分の好きなキャラを中心に育成できるというね。

 

その❷バトルが爽快

元素って原神独特の戦闘スタイルだけど、水とか火とか草とかある元素を組み合わせてダメージ出すのが爽快。一気にHP減るのってかなり気持ちがよい。

 

アクションバトル好きの自分にとってはたまらないのだ。元素スキルの使い方やキャラの特性に合わせて装備とかも作り変えなきゃいけないのがまた大変だけど、戦略が色々生み出せるのは楽しい。わたしはまだそんな段階には達していないのだけどもね。

 

その❸フィールド探索が楽しすぎる

もしかしたら自分が一番楽しんでるのはフィールド探索なのかも。行ったことない場所をどんどん制覇して、景色の写真を取ったり見たことのないアイテムを拾うのが好きなのだ!

 

あとは宝箱のギミック解いて行ったり必要なアイテム探しに行ったりね。これ、旅行が好きなことが関係してるかも?って勝手に考えている。マルチプレイを一緒にやってるメンバーには、初心者なのにマップが広がり過ぎていてびっくりされたことがある。そう。魔神任務はモンドの途中なのにスメールを探索してたり、璃月の魔神任務中にフォンテーヌのマップをガンガン広げていたのだ。

 

マップ広げていく爽快感、ギミック解いて通路を見つけた時のワクワク感。好奇心旺盛で刺激中毒の自分の心を満たしてくれる。本当に時間忘れてしまうくらいやり込んでしまう。

 

とまぁ、思いつくことはもっとありますけれど。長くなってしまうので今回はこの辺りで。公式からも原神キャラのムービーは色々と出ていて、それらを見るのもすごく楽しい。原神を思いっきりできるよう、仕事を落ち着かせたいものである。

NARUTO疾風伝でのサクラ・チヨvsサソリのバトルが好きすぎる話

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ナルトは学生時代にどハマりしていた漫画のひとつ。人生の教科書だって言われるくらい魅力に溢れた作品なんですよね。理由はいろいろあるのでここでは割愛しますが。とても心動かされる作品です。

 

私の中で3大泣けるシーンは、再不斬と白のエピソード、自来也vsペイン戦、サスケvsイタチ戦。これらは本当に泣かせてくるのいつ見ても。多分共感できる人も多いのではないかな。

 

けどね1番魅入ってしまったのは、サクラ&チヨ婆vsサソリ。サソリ推しになったきっかけでもあるのだけど、なぜこのバトルが好きなのか考えてみたのですよ。

 

おそらくサソリとチヨ婆の複雑なエピソードにじんわりする気持ちと、成長したサクラが繰り出すパワフルな攻撃のテンポの良さに脳みそが翻弄されたのではなかろうかって思ってる。

 

だってずるいよ、サソリ…あんなゴツイ見た目でしわがれた声してた奇妙なおじさんだったのに、サクラが割った傀儡からあんな可愛らしい見た目の少年?青年?が登場するなんて。しかも赤髪ときた(赤髪キャラ好き)

 

あの美少年が人を殺して傀儡に作り替える、、考えただけで恐ろしいけど空想上の話だから、なんだかもう失踪したと言われてた3代目風影が傀儡になってできた時には伏線回収\( 'ω')/ウオオオオアアーーーッッ!!ってなる私がいたのです。

 

こういう展開は大好物…(推しが殺られてなければだが)

 

そしてチヨ婆の後悔から回想される幼少期のサソリ。血も涙もないような印象からは逆転、戦いに向かった父と母の帰りを待つ少年だったのよねサソリ…あんな寂しそうなサソリを救ってあげたいと思わずにはいられなかったのです。家族でもない私がいたところでヨシヨシする以外なにもできませんがね。

 

父母が早くに亡くなったことで寿命について特別な考えがあったのだろう、人なんていくらでも傀儡に作り変えられるってゆう歪んだ考えを持っていて。最期は自分のことを「人形になりきれなかった人間」と揶揄する…なんと儚い。

 

チヨ婆はチヨ婆で自責の念に駆られていて切ない…あの回想シーンのBGMがまた良い味を出してくれる。砂隠れの無機質な感じと相まってね。サソリのために自分の生命と引き換えの転生忍術を編み出したってゆうエピソードもじんわりさせてくる。。

 

最初は石みたいに動かない婆さまって印象だったけど、バトルモードに入るとものすごい機敏で頭の回転も速くてめちゃくちゃかっこいいのです。自分の子どもを殺された上に孫は抜け忍になって暁に入り。。チヨバアもなかなかに壮絶な境遇に立たされていて辛い。

 

そしてサクラ。なぜかあんまり好きじゃなかったけど、修行を積んでとんでもないくらいに強くなってて惚れかけたのを覚えてる。あの精鋭軍団の暁メンバーであるサソリの攻撃にひるむことなく突っ込んでいく姿はもう、私が知っているサクラではなかった。

 

サソリの針が顔面スレスレになったシーンといい、素手で傀儡を割るシーンといい、何度見返しても気持ちのよい感動をくれる。とにかくあの時のサクラを一言で表すと、「勢い」だ!

 

そんな感じで戦闘している三者三様のストーリーは私にとってはあふれんばかりの魅力がありまして。脳が…震えてた。未だにYouTubeで見返してしまうわけです。

 

サソリは35歳だったけど、チヨ婆曰く里を抜けたときから歳をとっていないと(自分の身体を傀儡にしたから)。最初にサソリを覆っていた不気味な傀儡と(そういえば名前はヒルコだった)幼い顔のギャップは良かったけど、欲を言えば35歳の大人の魅力溢れるサソリを拝みたかったのである。

本格的に始めるので自己紹介

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WEBライターとして独立して早くも半年以上が過ぎてしまった私です。文章を書くことは好きだけど、SEOライターが本当に極めたい道なのかな?せっかくの執筆業を通して自分を表現できないかな?と考えたとき、ブログが一番近道なのかなと思いました。

 

さて、わたしの経歴をさくっと紹介する。

・フリーのWEBライター

・大学卒業後に約7年間CAを経験

・イギリスに半年間留学経験あり

 

飽き性なのでコロコロ変わるけど、割と変わらない趣味はこちら。

・旅行

・音楽(ロック系が多い)

・ゲーム(原神にくびったけ)

・アート(シュルレアリスムや前衛美術)

などなど…

 

趣味に関してはCAになった理由のひとつでもある旅行。見たことのない景色や世界を見ることが好き。なんとなく自分に合うなと感じるのはヨーロッパ。昔から無性に惹かれるし今も変わらないかもです。

 

ゲームはスマホで色々やってみた結果、原神が1番楽しい。オープンワールドでアクションバトル要素のあるRPGが好きな模様。これについてはまた後ほどつらつらと魅力を書こうと思います。

 

音楽は自分と切っても切り離せないかな。ある意味旅行より重要だったりして!昔からロック系が好きでよく聞いてて、EDMとかアニソンとか色々浮気しながら戻ってくるのはロック。

まぁ、ロックもアニソンに採用されたりはしてますが。アニメのオープニングとか好きですね。

話が逸れましたが主にUKロックを聞くことが多い。邦楽ではずっとJanne Da Arcが好きでした。今は幅広く聞くけど極めて好きなのはKing Gnu

 

アートに関しては、美術館のさまざまな作品展を見に行った結果、シュルレアリスムが好み。あとは前衛時代の空気感が好き。マン・レイの写真はわたしのどストライクなのですが、またも写真展のタイミングを逃してしまいしばらく落ち込んでいます。

 

好奇心旺盛ですがマイペースで面倒くさがり、そして飽き性なのでこれまで幾度となく失敗を繰り返しています。そんな話もネタにして楽しんでもらえたら、そして誰かのためになったら嬉しいです。

 

ライターとしての表現力、語彙力、アウトプットなど磨きながら、更新していきたいと思います。三日坊主で何度もブログを放置した経験があるわたしなので、自戒を込めて…!

 

性格良し悪しの判断は多様性を阻むのでは?

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人柄を表現するときに「性格が良い」「性格が悪い」って使われるし、昔は自分も使ったことあると思う。人を大まかに分類するのに便利な言葉だ。物事を端的に表現することは嫌いではない。

 

けど、「性格が良いってなに?どう良いの?」「性格悪いって?何を悪いことしたの?」って掘り下げたくなることがある。というかここ数年はそんな具合である。

 

なんでかというと、性格の良し悪しは自分の好き嫌い、合う・合わないと関係ないから。

 

「性格良い」って言われている人も、自分とは波長が合わなくてなんとなく居心地悪い…

「性格が悪い」って言われてる人だけど、ただ発する言葉が刺さるだけ。忖度なくて心地良いかも…

なんて経験、人と関われば色々ある。

 

考えればわかることだけれど、人の性格は良い・悪いで判断できるものではない。

 

とはいえ「性格の良し悪し」はシンプルで伝わりやすいから使ってしまうだろう。言い方を是正しろなんて言わないけど、少し考えてみてほしい。人が判断する「性格の良し悪し」によって相手を色眼鏡で見るようになってしまわないだろうか。

 

「多様性」ってずいぶんと前から言われているけど、「性格の良し悪し」は人柄を二極化しているから多様性とは正反対だと思えなくもない。

 

誰彼の「性格の良し悪し」を判断することに、当の本人は多様性と結びつけて考えないだろうし、多様性を否定する気なんてさらさらないだろう。でもそれが危険かもしれないと思う。無意識のうちに人をカテゴライズしているから。

 

例えばのはなし。

企業理念として「多様性」を掲げる企業が社内で「あの子性格悪い」「あの先輩なら性格いいから許してくれる」なんて会話をしていたらどうだろう。雑談のうちかもしれないが、多様性を謳う企業が蓋を開けてみたらまぁもっと言い方ないのかしら、、ってガッカリするような。

 

とりあえず「多様性」は大事なことだからと表に向けたブランディングはするけど、原動力となる社員=根本はどうなのだろう?ってね。多様性は身近な人から受け入れないと、商談相手などのスケールが大きくなった時に対応できないと思うから。

 

いや、逆に性格は多種多様だから逆に「良い・悪い」のシンプルな二択が求められるのか。自分が育った頃には定着していた表現なので、なんとも言えない。

 

多様性なんてあげたらキリがない問題だけど。多様性を謳うなら、それなりに考えた発言を個々がしていかなきゃ行けないと思うわけで。

 

つまるところ私が言いたいのは、「性格が良い・悪い」って、その人にとってだから。自分が実際に話すとどうかなんてわからない。だから先入観をもって人と接するのは非常にもったいない。

 

でも「性格悪い」には忠告が入っていることもあるから、自分は注意して聞いておくのである。

“当たり前”の呪縛に苦しむこと

「それが出来て当たり前」

「当たり前のことがなんで分からないの」

 

当たり前って言葉は、常識を強調するのに便利な表現。でもそれは、ときに人の思考を停止させることにつながる。

 

私は当たり前って言葉は、人に訴えかけるためのものと、人の思考を狭める2通りの使い方があると思っている。

 

例えば前者は、感謝したことに対して「当たり前じゃん」という場面といえば想像しやすいだろうか。

 

「この仕事してくれてたんだね!ありがとう」「当たり前じゃないですか」

「心配してくれてたんだね」「当たり前でしょ!」

 

これは、自分の気持ちを強調したいときや相手を慮ることで使いたくなる表現といえる。

私はこの使い方がとても好きだ。

 

後者は、人を息苦しくする使い方である。

会社を辞めるときは「転職先を見つけてやめるのが当たり前」

結婚適齢期に恋人がいると「結婚の話をして当たり前」

 

「当たり前」って悪い言葉ではないけど、当たり前は、周りの人が決めつけていることもある。

 

そんな当たり前の言葉を浴びせ続けられて生きてきた。周囲に押し付けられる当たり前に溶け込めず、悩みを抱えた経験があるのは私だけではないでしょう。

 

当たり前に生きていくことは果たして幸せなことなのか?そう自問自答して生き続けている。

 

全世界において当たり前という言葉は、無意味。

当たり前が通じないこともある。

だから「当たり前」にとらわれて生きると、当たり前がなくなったときに足元をすくわれるんじゃないだろうか。

当たり前は、なくならないとわからない。